松浦昌治の釣り部屋

プロフィール



■I.G.F.A.加盟SPLASH(スプラッシュ)代表
■ジャパンゲームフィッシュ協会アンバサダー
■J.G.F.A.大阪ベイライトタックルトーナメント実行委員長
■全釣り協・公認釣りインストラクター
■ALL JAPAN 100 OVER CLUB 理事
■報知新聞社アングラーズペングループ(APG)

(調べによると・・・)

本名: 松浦 昌治(まつうら しょうじ) 1959年生れ(男)大阪市出身
現在、妻1人 子供1人 外に?人
職業: 印判製造業と企画会社経営
趣味: ゲーム性のある釣りと車(エンジンの載っているスピードが出るものが好き)
苦手なもの: 白バイ、先生、電子機器(未だにパソコンを持っていません、それにメールもできません)
性格: 見かけはおとなしいが、喋るとかなり□うるさい。特に釣りに関してはマニアックでうるさいと言われている。
仕事とJGFAの活動は、いたって真面目だが私生活はメチャクチャ。(私生活の事は、ほっといてくれ〜〜・本人談)


【釣暦等】
出身地の大阪市都島区が淀川に近かった事もあって、幼少の頃から釣りに親しんできた。
中学校時代(まだ、関西にブラックバスがいなかった時代)に釣具店でアルバイトをしながら、海のルアーとフライの釣りを始めた。
高校時代は、400ccのバイクに乗って、東播地方の野池のバスを開拓し、高校卒業と同時に上京、東京では芦ノ湖や本柄湖のトラウトに熱中し、東京湾のシーバスにも通った。
その後、渡米し半年後大阪に帰る。

20歳代は、車のレースとバスフィッシングに熱くなり、アメリカのバストーナメントにもエントリーした。      
又、日本で最も早く本格的卜一ナメントバスボートを購入、琵琶湖に浮かべた。
この頃、車とモータースポーツに熱くなりレーシングカートやドラッグレースに出場。
24歳の時に、アメリカンストックカークラブ「SUPER STOCK」を設立し今もクラブマネジャーを務める。
25〜30歳にかけては、シーバスフィッシングに精通北海道と沖縄を除く日本全国のシーバスポイントを釣り歩き、現在におけるシーバスゲームの基礎を築いた。

1990年にJGFAに入会し、1991年にチーム・スプラッシュを設立。この頃、関西の釣りの番組(サンテレビ・NHK・関西テレビ・朝日放送)に出演し始めて、タグ&リリースプログラムを紹介。
30歳代は、離島のトレバリーやディープジギング・カジキのトローリングに夢中になり1年間に4回海外遠征した事も、現在3つの世界記録と5つの日本記録を保持している。
主な釣り関係の出版物にビデオ(シーバスゲームのすべて)・(ボートキャスティング)<(株)週刊釣りサンデー>(シーバステクニカルノート・シーバステクニカルノートTake2)<(株)丘洋社>ビデオ(パブリックベイエリア)(フライで釣れる魚たち)<(株)オーナーバリ>等がある。また、某釣具メーカーのコマーシャルにも出演していた。
最近では、マニアックなフライフィッシングに懲りつつある。(日本にいる本来のゲームフィッシュをいかにして、フライフィッシィングで釣るかを極め様としている)又、各釣具メーカーの依頼で、ロッドやルアーのデザインも手がけている。現在も約5社のルアーデザインを担当。
個人でもルアーの実用新案特許〔A01K85/OO〕1OO072213等3つの特許を所持している。
ジヤパンゲームフィツシュ協会常任理事・JGFA、タグ&リリース魚類保護委員を務める傍ら、スポーツフィッシングの普及とタグ&リリースによる魚族保護の啓蒙にも力を入れている・・・らしい・・・。

以上 (ホームページ管理者調べ)


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